インタビュー

「沖縄を出て見える世界がある」かじくあつしさんの仕事論(三線アーティスト)

かじくあつしさんの仕事論

そう語るのは島民約50人の鳩間島出身の三線アーティスト、かじくあつしさん。

小さな島から大都会の東京と大きく環境が変わることで気づいた価値観、沖縄の若者へのメッセージを教えていただきました。

(更新日:2019年5月17日)

 

<ご案内>

 

島民は50人。“大きな寮”で過ごした少年時代

かじくあつしさん

 

―現在のお仕事について

三線アーティストとして全国のステージやイベントに出演する一方、date fm(FM仙台)で『沖縄Colors~ゆんたくタイム~』、かわさきFM『琉球リミテッド~かりゆし超特急~』のメインパーソナリティーとして活動しています。

また日本最南端の町、竹富町の観光大使として、全国各地のイベントやメディアを通して沖縄文化の魅力を発信するPR活動をおこなっています。

―沖縄ではどんな日々を送っていましたか?

周囲4km、人口約50人という鳩間島で海に抱かれて育ちました。家の前がすぐ海で小さい頃は朝から晩まで泳いで真っ黒になっていました。島民は基本、皆知り合い。少し大きな寮という感覚ですよ(笑)。

三線に初めて触ったのは小6の時でしょうか。学芸会での発表の為に必要にかられてでしたが、父親が民謡歌手をしていることもあり、教えてもらった記憶もあります。

最初は面白いとは思いませんでしたが、練習をするうちに弾ける曲が増えていったのは嬉しかったですね。

中学になるとアコースティックギターを弾くようになり高校ではバンドを組みました。その頃から自分で曲を作ることに興味がありました。

当時はバンドブーム全盛期。2人組のゆずが路上からメジャーデビューしたこともあり夢がありましたね。

学校の文化祭でも出演する為にはオーディションがあるぐらい皆レベルが高かった。これも八重山ならではでしょうか。

 

体育教師を目指して上京

―上京のきっかけや、東京での生活について教えてください

漠然と音楽をやりたいという目標はありましたが、当時はとりあえず4年生大学は出ておいた方が良いという風潮もあり進学を決めました。

商学部や経済学部はあまり面白そうな感じがしなかったので、元々運動神経も良かったので日本体育大学体育学科の学校教育コースに教員資格を取る前提で上京しました。

周りには北島康介をはじめラグビーやハンドボール日本代表のトップアスリートばかり。その熱量の違いに「俺、場違いな所にきたかな?」と一瞬、ひるみましたが、全般的に体育実技の成績は良かった方ですね。それも基礎体力を育んでくれた島のお陰だと思っています。

東京での生活は元々高校の時に石垣島で一人暮らしをしていたので場所が変わったぐらいにしか感じませんでした。

物や情報がすぐ手に入る事は便利でしたが、人のいない島出身なので都心のひとごみは今でも慣れませんね。

友人と集まるのは学校から1本で行ける渋谷がほとんど。周りに沖縄出身の人間も多かったのでホームシックにもなりませんでした。

 

社会人をしながらの音楽活動

かじくあつしさん

 

―現在のキャリアに至ったわけは?

大学3年では島の中学に教育実習に行きました。でもそこで重要な事に気がついてしまったんです…。「あー俺、人に物を教えるのは得意ではないな」と(笑)。

わずか3、4人の生徒を教えるのに大変なのにこれが何十人もいたらどうなるかと。教員には向いていない事を痛感しました。

就職活動はしていなかったので卒業後は在学中からアルバイトをしていた教育系の会社にそのまま社員として雇ってもらいました。社会人としてのイロハを学べたことは良かった気がします。

生活の糧を得た上で音楽活動もこの頃に本格化させました。より時間を得るためにシフト勤務の出来る小売りの会社に移ってからは、昼間は会社で働き、夜は沖縄居酒屋やイベントなどで演奏活動をする日々でしたね。

民謡歌手の父からは「沖縄の音楽だけでは食えないぞ」と言われていました。確かに沖縄で活動する三線歌手の人達は2足のわらじで活動する人が多く現状は分かっていました。

自分も兼業で活動する事にはなんら抵抗も無かったですし、最低限の収入を確保した上で動けることが良かったですね。シフト業で柔軟な働き方ができた会社にも感謝しています。

その後10年ほど会社員をしながら音楽活動をおこなっていくうちにイベント企画や準備、物販やアーティストのブッキングなどライブ活動に付随するお仕事を頂くようになりました。

 

 

最初は個人事業主として請けていたのですが、取引相手との便宜もあって2017年に法人化し「恋の島ファクトリー」と名づけました。

島全体が大きな寮みたいなので島に赴任した若い先生同士がカップルになったり、結婚したり。島に遊びに来て宿で知り合った男女が結婚するエピソードからいつしか「恋の島鳩間島」と呼ばれるようになりました。BEGINさんの歌にもなっています。

銀行で社名を呼ばれるときはいささか恥ずかしいですが(笑)。

東北との接点は震災から3年が経とうとしていた2014年にFM仙台の関係者と知り合って南国沖縄の風を届けるような番組にしようという事になり、10月から放送が始まりました。

津波の被害を受けた南三陸町のポストが西表島に流れ着いたということもあり、何か不思議な縁を感じています。

以降は仙台の企業にイベントに呼んだ頂く機会も増え、今では現地での友達も多く自分にとっては大事な街の1つになっています。

 

自分の居場所を作れるか

―あなたにとって東京はどんな場所ですか?

一言で言えば多国籍の街でしょうか。東北や関西などはその土地で生まれ育った人が多く、その土地の気質やアイデンティティーなどが形成されやすいですが、東京は全国から色んな人達が集まってくる分、そういった“色”みたいなものが少ない。

その分、顔のない街とも言えますよね。互いが干渉しない、一定の距離感みたいなものがある気がします。

地方の濃いコミュニティーで暮らしてきた人間からすれば冷たくも感じますが、逆にその距離感が良いと思う人もいるでしょうね。何かをするにもしがらみに縛られないのは都会のいい部分かもしれません。

いずれにせよ自分の居場所を作るまでは大変ですし競争相手も多いところですが、一旦そういったものをクリアしてしまえば東京でしか出来ない経験ができると思います。

 

何もないけど、全てがある島

―今後の目標について教えてください

東京とは対極的な鳩間島ですが、時代が無いモノに価値を見出せるようになってきたと思います。

世界でも情報や物で溢れる都会から脱出して“デジタルデトックス”を求める人が増えていると聞きます。僕も東京から島に帰った時は裸足で海に入ったりして、溜まったノイズや負のエネルギーを解放するようにしています。

目の前にこんなに美しい海があったのかと島を離れてみて再認識しました。 今後はそういった鳩間島の立地や環境を利用して、企業の福利厚生の一環としてリフレッシュプログラムみたいなものを出来たらいいですね。

その中で音楽祭みたいなイベントを組み込めば島の活性化にもつながる。人がAIの時代を幸せに生きるには人間であるということを体感できる自然環境はますます貴重になるでしょうし、すべてが自然のまま残されている小さな島だからこそできる試みがあると信じています。

 

遠回りしたことが役に立つ

―最後に沖縄の若者達にメッセージをお願いします

今の場所からは見えない世界があります。僕も音楽だけでなく体育教師への道や社会人の経験を積んだからこそ、音楽に反映できるものを手にすることができました。どうか今しか出来ない事に全力で取り組んでもらいたいです。

やらなかった後悔は皆さんにはして欲しくない。大変な事は人それぞれありますがそれは今だけの話で1年後にはきっと笑い話になっています。

遠回りしたなと思うことが後に役に立っている事もあります。物事の視点を変えてみることで考えは大きく変わるはずです。

 

かじくあつしさん
加治工敦(かじく・あつし)

1982年竹富町鳩間島生まれ。 沖縄県立八重山高校、日本体育大学体育学科学校教育コース卒業。 三線アーティストとして数々のステージやイベントに出演する一方、date fm(FM仙台)で『沖縄Colors~ゆんたくタイム~』、かわさきFM『琉球リミテッド~かりゆし超特急』のメインパーソナリティーとして沖縄の魅力を発信する番組を持つなど、全国各地のイベントやメディアを通し、沖縄文化や沖縄観光PRを行う。またプロ野球 セ・パ交流戦 楽天 対 巨人 の国歌斉唱をつとめなどマルチタレントして活躍中。 地元鳩間島で毎年5月に開催している鳩間島音楽祭を父である加治工勇と有志のメンバーで1998年に立ち上げ、当初50人スタートから2000人を集めるイベントに進化成長させる。美ら島フェスティバル実行委員、鶴見ウチナー祭実行委員

 

平良英之

かじくさん、お話ありがとうございました!

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