やってみないとわからない!
そう語るのは「日本ベビーウェアリング協会」代表理事の柳井優佳奈さんです(那覇市出身、旧姓:仲井真)
ハードな研究職を経て「正しい抱っこで子育てが変わる」を伝える抱っこの専門家に至るまでの道のり、ずっと心がけてるチャレンジ精神の大切さ、若者へのメッセージについてお話を伺いました。
ハードな研究職時代
私はもともと首里で生まれたんですが父親の仕事ですぐ上京して。でも1歳くらいの時に両親が離婚して私と母親で沖縄に戻ってきました。
さらにまた4歳くらいの時に私と母で上京して、保育園~中学校の途中まで東京にいました。
中学の途中から沖縄に戻ってきて、その頃に弟が生まれて那覇中学、那覇国際高校、琉球大学と進み、大学院進学を機に再び東京で一人暮らしを始めました。
子どもの頃はとにかく引っ込み思案で恥ずかしがり屋でしたね。あまり人に積極的に話しかけない。でも11歳の時に弟が生まれて一緒にいるとすごく話しかけられて。
赤ちゃんがいると沖縄のオバーとかみんな沢山話しかけてくるじゃないですか。
中学生の私がベビーカーを押してると「若いお母さんだね」「いや違います」みたいな(笑)
そこから「人と話すのって良いかも」みたいな。弟の世話をきっかけに社交的になっていきましたね。
最初は沖縄県外の大学を目指してたのですが、1年浪人して確実に行けるところってことで琉大を選びました。
もともと医学系に興味があったんですけど学力が少し足りなかったので、研究などに興味があったので臨床検査技師を目指しました。
医療系の資格は自分の強みになりましたね。食いっぱぐれのない安心感と言いますか。
大学卒業後、大学院に進学しました。修士課程を東京医科歯科大学、博士課程を東京大学で過ごしました。そこで血液腫瘍や免疫のことなどを勉強したのですがこれがほんとハードで。
研究室の教授も国の税金が使われているので厳しく成果を求めてくる。そうでないといけないとも思うんですけど、私はやはり体力が持たなかった。20代前半でもきつかった。
ほとんど寝られない生活、1年で24時間休み取れるのが1週間もないみたいな。「これは一生続けられない」と思い、臨床試験を支援する一般企業に就職しました。
そういう環境に喜びを見いだせる人もいるんですけど、私はもうちょっと人間らしい生活がしたいなと(笑)。
民間企業ならちゃんと土日休みだし有給あるし、友達とお出かけしたり食事もできる。
研究室では基礎研究に没頭していましたが、企業に行っても意外と役立ちましたね。英語、学術論文を読むこと、発表することなど、「やったことは無駄ではなかったな」と実感しました。
1ヶ月の抱っこの上げ下げは富士山1個ぶん!
ー今の団体(日本ベビーウェアリング協会)に関わるようになったきっかけは?
私自身が結婚して育児をしているなかで、ひとりのママとしてベビーウェアリングを知る機会がありまして。
抱っこの仕方、抱っこ紐の種類や使い方を変えるだけでこんなに身体がラクなんだということを初めて知ったんです。
それからひとりの親として日常の育児に取り入れたんですけど、さらに他のお母さんにも知って欲しいなと。
そこで近所のお母さん向けに体験会を開催して、より深く知りたいと思いベビーウェアリングコンサルタントの資格を取りました。
それから協会にだんだん関わるようになり、ある時、創設時の代表が降りることになって私に声がかかりました。
ー「正しい抱っこ」で何がどれくらい変わるんでしょうか?
抱っこの仕方って日本ではまだ注目は少ないのですが、長い子育て期間のなかで心身にボディブローのようにじわじわと効いてきます。
マッサージ機器メーカーの調査によると、子どもを1ヶ月間抱きおろしてる動作、この高さを積み上げると富士山1個ぶんにもなるそうです。
登山だってちゃんとトレーニングして臨むのが普通ですよね。抱っこも同じく、正しい姿勢を学ぶことが大切なんです。
子どもの位置を高くすることで大人の背中、骨盤がちゃんと立つ。密着することで楽になる。
腕全体を使って抱っこできるので、これが最もお互いが落ち着く。
高い位置で密着できるととても楽です。そうでないと身体があちこち痛くなってくる。そのままだと育児で精神的にまいってしまう。
低い位置で抱っこしてると子どもの股関節、骨格にも影響する。不安定なので子どもも落ち着かない。
逆に高い位置で密着することで精神的にも安定する。スキンシップから得られる安心感は子どもにも大人にもメリットが大きいと国内外の研究でわかってきています。
昔は「育児はつらいのが当たり前」「がんばんなきゃ」という価値観もありましたが、今は身体への負担をなるべく減らすほうに変わってきています。
腰が痛い、背中が痛い、それは当たり前じゃない。治していかないと家族として幸せになれない。育児に前向きになれない。
人って身体が痛いと気分が沈んでくる。でも育児をやめるわけにはいかない。
育児中はなんとか乗り越えられても、例えばそのダメージが高齢になった時に身体に悪影響を及ぼすこともあるんですね。決して甘く見ないほうが良い。
日本人って楽になることに罪悪感がある気がします。でも自分がまず笑顔でないと子どもも笑顔にならない。親がよく笑っていれば子どもも笑う。
正しい抱っこで親子が心も身体も癒やされる。それをこの団体を通じて普及していきたい。
欧米ではベビーウェアリングという言葉が使われて浸透しています。日本もこれからだと思います。
主に、私は新宿区・文京区で講座をやっています。
一般の親御さんと触れ合う子育て広場で「抱っこの講座」を開催したり、小児科の先生に抱っこ紐の装着方法についてレクチャーする講座などです。また一般のパパママ向けには希望によりオンライン講座も開いてます。
今の目標としてはまず乳幼児と触れ合う医療職の方により知ってもらいたいですね。そこから多くの親御さんに広がってほしい。
助産師の方にも注目されてきてますし、連携して講座を開いたり、草の根的に広げていきたいです。
「やってみないとわからない!」の精神を大切に
ー柳井さんは今まで困難な時をどう乗り越えてきましたか?沖縄の若者へメッセージをお願いします。
人と話すのが好きというのもあり、かつては一人で飲み歩きしたりで友達が増えたり、子どもが生まれてからも近所にお友達ができました。
そのおかげか、困難らしい困難は感じたことはないかもしれません。
今までいろんな経験をしましたが「何ひとつ無駄ではなかった」という感覚があります。
例えば大学院や仕事で英語を勉強していたら、現在それはアジアの人と共同でオンラインイベントをするのに役立ったり。
何かしらやってみる、トライしてみる。「やってみないとわからない」が我が家のルールみたいになってますね。
「危ないからだめ」「やらないほうが良い」と言われることもあるんですけど「やってみないとわからないよね」と。
「失敗はなくてすべてがフィードバック」「何万回失敗しても最後に成功したら、それまでは違う方法を試しただけだ」という言葉が好きです。
失敗したからだめ、ではなく違う答えだったというだけ。うまくいかなかったら他のことを試せばよい。
特に若者は時間があるのだから、やってなんぼだと思います。安定も良いけど、いろんな経歴がある人、経験がある人のほうが私には魅力的に感じます。
例えばうちの弟もかつて引っ込み思案だったんです。「一生沖縄にいる」と言ってた(笑)。
でも高校の時に私と私の友達が勧めて上海に海外留学する機会に恵まれました。すると現地の学生がすごく勉強してるので、それにつられて「こんなに勉強が楽しいとは」と開花した。
大学に行って人脈が広がって、そのつながりを大事にしながら今は東京の企業でも仕事をしています。一歩外に出ることで見え方が変わってくるんですよね。
若い時は体力もあるので「ちょっと無理をしてみる」っていうのも良いかもしれません。
私も10代の時は今のような活動をしてるなんて全く思わなかった。どんどん変化していく。いろんな講座やイベントをやれることが楽しい。
だからぜひ広い世界に飛び出してほしいですね。外に出ると自分のいた場所、沖縄のことがもっとよくわかると思います。
柳井優佳奈(やない・ゆかな)
1984年生まれ、沖縄県那覇市出身。東京大学医学系研究科博士課程修了。医薬品開発企業勤務後、2016年出産・退職。現在、東京大学医学部附属病院 臨床研究推進センター勤務(非常勤)の傍ら、ベビーウェアリング江戸川橋として地域の親子向けのベビーウェアリング普及活動をしている。ドイツDie Trageschule(R) 認定ベビーウェアリングコンサルタント。
【日本ベビーウェアリング協会 Instagram】https://www.instagram.com/jaba_2017/
【日本ベビーウェアリング協会 公式HP】https://bwdacco.com/
柳井さん、お話ありがとうございました!
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