沖縄出身俳優、尚玄さんの主演最新作「義足のボクサー GENSAN PUNCH」の公開がいよいよ始まりました(沖縄5/27~、TOHOシネマズ日比谷6/10~、全国6/10~)。
尚玄さんが自ら企画してフィリピンの巨匠、ブリランテ・メンドーサ監督を熱意で口説き落として実現した今作は、アジア最大の映画祭である釜山国際映画祭にて、アジア映画の現代的地位を反映した最も魅力的な映画に与えられる賞「キム・ジソク賞」も受賞した話題作です。
あらすじ
義足である故に日本でプロボクサーのライセンス申請を拒否された津山尚生(つやま・なおき)は、フィリピンに渡ってプロボクサーに挑戦する。トレーナーのルディとともに、異なる価値観と習慣の中で、日本では道を閉ざされた義足のボクサーが、フィリピンで夢への第一歩を踏み出す。
今作をより楽しんでいただくために、先天性股関節脱臼・変形性股関節症を右足にもつ日本唯一の障がい者紙芝居師かみはるさんと尚玄さんとの対談企画を行いました。
かみはるさんの師匠、紙芝居師ヤムちゃんにもご参加いただきました。
3人の考える障がいとは?夢を掴むコツとは?「NO BORDERな世界」とは?
(企画/来間祐一郎)
<ご案内>
障がいを言い訳にしない強さ
「義足のボクサー」はすでに映画祭や試写会などで色々な方に見ていただいてますが、実際に障がいを持った方としっかりお話する機会というのはまだなかったので、今日はとても楽しみにしていました。
かみはるさんは今作をご覧になって率直にどんな感想を持たれましたか?
主人公の尚生さんが義足ということで拝見する前は障がいをテーマにお話が進んでいくのかなと想像していたんですがそんなことはなく、障がいについて葛藤するシーンはほとんどないように見えたのがまず印象的でした。
水中トレーニングや試合のシーンなどの迫力も凄くて、それらを見ると障がいを言い訳にしてない。
とにかく自分にできることにチャレンジしているし、海外に行くっていう決断力も凄い。不幸な出来事があっても「ではそれを受け入れてどう進むか」という前向きな姿勢が心に残りました。
またすべてを説明しすぎない、セリフは少なめでただ佇んだり表情を見せたりと「余白」を作るシーンが多くて、観る方それぞれが感情移入できる時間を作ってくださってると感じました。だからどんどん惹き込まれていくんですよ。
私は特にコーチ・ルディとのやり取りが印象的でした。実はかつて私も師匠のヤムちゃんに対して反抗的な態度を取ったことがあったんですね。「私の気持ちもわからないくせに」みたいな(笑)。そんな過去も思い出しました。
「きっと尚生さんも義足でいじめや差別などつらいこともあったんだろうな」とか、健常者が大多数の中でボクシングに励む大変さなどが想像できてグッとくるものがありました。
また義足の振る舞いも私から見てもとてもリアルで、だからこそより惹き込まれ、様々な想像が掻き立てられたのだと思います。
ありがとうございます。近年は役者の世界もリアリティを求めて「日本人役なら日本人がやる」「マイノリティ役ならマイノリティがやる」などの流れがあります。
私が障がいを持つ役を演じて良いのか?という迷いも少しあったものですから、とても嬉しいです。
主人公のモデルとなった土山直純君はアマチュアでは九州高校総合体育大会ウェルター級第3位になるなど実力はありました。
ただ日本でプロボクサーを目指すには義足が規定に引っかかり、海外でチャレンジすることになりました。
一方、僕も20代の頃はモデルの仕事をしていて、その時は日本人離れしたルックスが個性として重宝がられていました。
しかし、夢だった俳優の仕事をやるようになると今度は「日本人に見えないので俳優の仕事は限られるだろう」と言われ、逆に足かせになってしまいました。
自分がいる場所がやりたいことを叶えられる場所じゃなかったので、海外に目を向け国際俳優として環境を変えていきました。
そうした経験が直純君の人生とリンクしていたので、今作は私が企画して今作を8年かけて制作しました。俳優自ら映画を企画するというのも日本ではまだ珍しく、これもひとつのチャレンジでした。
「日本で活動が限られるなら海外でも活動すれば良い」「オファーを待つだけが嫌なら自分で企画すれば良い」
僕は自然とそういう発想の転換ができたのだけど、今自分がいる環境がすべてと思ってしまう人って少なくないじゃないですか。環境を変えるのは「逃げ」ではないと思うんです。
例えばいじめ問題が起きたとして、思い詰めるくらいなら環境を変えたほうが良いと僕は思うんです。思い詰めるとそこにいる世界がすべてと思ってしまう。
直純君も最初はかたことしか英語を喋れなかったのにフィリピンに行ってます。
夢を諦める理由っていくらでも見つけられるじゃないですか。でも結局最後は自分しか助けてくれないし、自分自身で行動しないといけない。
若い人にはそんな視野の広い発想やチャレンジ精神も伝えられたらと思っています。
僕は今作で日本と外国の障がい者のありようの違いも改めて感じましたね。
僕がかつてオランダで紙芝居公演に行った時、アニメと漫画の祭典で人手が凄かったのですが、障がいのある方もいっぱい来てるんですね。日本だとそういう時みんな遠慮して来なかったりするのですが、向こうの方は全然違う。
車いすに乗ってるけどコスプレしてる。足が動かないなら人魚の格好をする。上半身は水着を着たりして自信満々だった。それを見た時にちょっと鳥肌立っちゃって。全然自分を隠さない。心持ちが違うなと衝撃的なくらい感動しましたね。
今作の主な舞台となるフィリピンの人々も障がいを過保護に扱わない。プロボクサーへの道も条件つきながらちゃんと開かれている。
障がいを持ってるからといって、それを言い訳に行動を制限したりしない。
そんな姿勢は共通している気がしました。
「障がいは私の個性!」と言えるまで
ーかみはるさんが紙芝居師になるまでの歩みを教えていただけますか?
私は高校生の時に堀江由衣さんがヒロイン役のアニメ「魔探偵ロキ」を見て声優を志しました。
もともと先天性股関節脱臼の障がいを持って生まれ2度手術をしていたのですが、専門学校に入学して1ヶ月後に変形性股関節症を併発してしまって。21歳の時でした。
夢に向かって歩きだしたと思った時に悪化したので精神的にこたえてしまって。この若さで杖を持って歩かないといけないって先生に言われた時は「この世の終わり」くらい絶望したんですね。
みんなダンスの授業等を楽しそうにやってるのに自分はできない。診断書を先生に提出して、あとは見学だけの日々が続いてました。
それで段々不登校気味になっていったのですが、2年生になった時に師匠であるヤムちゃんが講師を務める『紙芝居』という授業に出会ったんですね。
ヤムちゃん先生だけは「座ってでも良いから出来ることをやりなさい」と言ってくれた。
感情解放をテーマにした授業で猫などいろんな動物になる練習で、私も一生懸命やってみて。みんな動きながらだけど「上半身だけで良いからやってごらん」って。
それでもう少し学校に通ってみようかなって。声優さんにはなれないかもしれないけどできるところまでやってみようと。その後、「紙芝居だったらいろんな表現があるよ」と教えてもらったのを機に紙芝居師の道を歩み始めました。
ヤムちゃん師匠に出会わなかったら芸能の道には進まなかったし、性格もこんなポジティブになれなかった。
多分、障がいのある私でも出来そうなお仕事を見つけて暮らしていたでしょうね。
表現者として人前に出ることはなかったと思います。
かみはるは何でもやる前から「できません」とストップをかけていた時期があったんです。「足が痛いから」と。しまいには「表現をやめたい」と。
できることがあるのにやめようとするから「できるでしょ?」と。でもかみはるは「私の気持ちもわからないのに」と。かつてはそんな衝突もありましたね。
かみはるが「障がいは私の個性」と言えるまではね、ずっと葛藤の連続でした。
障がいを持っていることで世間からつらく当たられた経験も影響していました。
多くの方は優しくしてくださるのですが、例えば日常生活のなかで知らない人に「どけ、邪魔だ」と体当たりみたいなことをされたり。杖を持って優先席に座っていても「どきなさい」と言われる。目の前に立って圧かけられたりとか。
だから紙芝居師になっても最初は足が痛くても杖を使わずにショーに立って、ずっと障がいを隠していました。
ただヤムちゃん師匠から「障がいも個性の1つ。一度杖をついてお客さんの前に立ってごらん。僕が演出してあげるから」と言われ、勇気を持ってやってみたんです。
すると終演後におばあちゃんと子供が寄ってきて「すごい良かったよ。応援してるから頑張ってね」と言ってくれて。
杖を持つことがプラスになった経験はそれが初めてで。お客さんがいるのに大号泣してしまいました(笑)。
それから杖をついてステージに立つようになりました。お客さんが教えてくれたという感じでしたね。
今では紙芝居のみならず、漫画を描いたりゲーム実況YouTubeをやったりいろいろ精力的に活動しています。
東京オリンピック・パラリンピック2020では招致活動にも関わり、パラスポーツの普及活動に参加したり、聖火ランナーも務めたのは大きな経験でしたね。
現在も紙芝居を通じたパラスポーツの普及、障がい者理解の促進活動などに携わっています。
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紙芝居師は目の前でお客さんの反応が見られるので、そこで喜んでいただく姿を見られるとエネルギーをもらって次へのモチベーションにもつながっています。
私も出演した作品が公開されて多くの方に観てもらい、フィードバックをもらえると次へのモチベーションにつながっています。
俳優って自分の役柄を想像だけで演じるんじゃなくて、自分自身の中にあるものと結びつけていくんですね。時にそれはとても心が痛むし、しんどい作業になることもあります。忘れてしまいたい記憶に向き合うこともあります。
でもそれをしないと「作り物の演技」になってしまい、僕が求めるリアリズムからは離れてしまう。
しかし、だからこそ作品を見てくださった方からいろんなフィードバックを得られると充実感を得られるし、次もがんばろうと思えます。
映画は人に見てもらって完成ですから。「義足のボクサー」もこれから公開して多くの人に見てもらえるのが楽しみです。
あと私は美味しいものを食べた時にも感動してテンションが上がってやる気が出ます!(笑)。
それぞれの親の捉え方
障がいを親がどう捉えるか、という点でも今作は興味深かったです。
私のお母さんって私の障がいが判明した時は泣いて謝ってきたりしたんですけど、2回手術して歩けるようになった時に「治った!」って素直に喜んでいたんですね。
ほんとは完治してなくてその後悪化して、重いものを持ったりジャンプすると痛むようになり。
でも私が病院に行きたいというと「治ったから大丈夫だよ」と。私たち家族が勉強不足だったというのもあるんですけど。
ただお母さんは基本的に過保護ではないけど、2回手術していましたし「悪化するとしても年を重ねてからかな」と先生に言われていたので本当に全員安心しきっちゃっていたんですよね。
でもお母さんやおばあちゃんは私が紙芝居師になると伝えた時、反対されました。「障がい者でも安定して暮らせる公務員などの道を歩いてほしい」と親心で言われました。
あ、今はめちゃくちゃ応援してくれてますけど(笑)。
モデルとなった直純さんのお母さんはとっても強い方じゃないですか。障がいのある息子を海外に送り出してますし、かけてる言葉も本当に励みになる。
私のお母さんとまた考え方が違うので凄いなと思います。
映画の中でも、主人公の尚生さんがフィリピンに行ってプロボクサーを目指す時もお母さんが普通に送り出してたので「すごいな」と。
そんな、障がいをめぐる家族それぞれの捉え方も対比して見ることができて面白かったです。
ーヤムちゃんは娘さんがかみはるさんと同じ病気と判明して、手術を受けさせた経験を持ちます。今作を見ながらそのことは頭をよぎりましたか?
そうですね。かみはるの話を以前から聞いていて、子どもがまだ0歳の頃、股関節を回してみたらたまに「コキッ」と音がなる。
気になって小児科を受診したら大きな病院に行かされてレントゲンを撮って病気が判明。お医者さんに「早く手術して治したほうが絶対良いです」と言われて。5歳の時に手術を受けさせることにしました。
でもそんな時って男は弱いんですよ。父親として僕から娘を「手術しよう」と説得しなきゃいけない。泣いちゃいけないと思うんだけど話しながら私はもう泣いている(笑)。
でも母ちゃんは強いんですよ。「すぐ終わるから手術しよ」ってはっきりと。手術って言葉が怖くて娘も泣いている。でも「大丈夫」って。
※親子YouTubeチャンネル「ギャー‼ギャー‼Kids LAND 2」より
私は今作の撮影に入る前に直純君のお母さんにも直接会いに行ったんです。
そして主役としてキャラクター像を作り上げるうえで私にずっと突き刺さっていた彼女の言葉がいくつかあります。
まず「義足を言い訳にするな」という言葉。
そして彼女がとある取材で「息子さんがボクシングして心配じゃないですか?」と言われた時に返した言葉「足1本切ってるのに、骨が折れようが歯が折れようが気にするわけない」。
とても気丈ですよね。葛藤や悩みを超えた強さがある。こういう母親や家族が故郷の沖縄にいてくれる。だからみんなのためにも何かを成し遂げたい。
それが強さの源でもあると思います。
マイノリティだからこそ「ボーダレスな社会」を導くことができる
「義足のボクサー」は先に東京国際映画祭などで上映されたのですが、その時SNSでの感想に「義足という題材がまったく生かされてない」というものがありました。
もちろんどんな感想も自由なのですが、私の中には正直「してやったり」という思いもありました。そもそも今作では障がいを誇張しようという意図は全くありませんでしたから。
マジョリティの視点からマイノリティを描いた作品というのは結構あるんですよね。ストーリーにはしやすいかもしれないけど僕はそこにはあまり興味が無い。
マイノリティも当たり前にいるのが自然であるべきだから映画でもそう描きたい。
スポーツ界などを見てもわかるように、日本も徐々に人種の多様化が進み、近年はミックスの人も増えています。
ただ映画やドラマなどではまだ単一民族のように描かれやすく、ミックスの役者がなかなか作品に出れない現状があります。悩んでる俳優の後輩も少なくないんですね。
僕自身はそれを乗り越えて今のポジションにいますが彼らの苦悩も凄くわかる。日本はまだ変わりきれてないけど少しずつ変えていきたい。
障がい、セクシャリティ、人種。そうしたことに対するボーダー(境界)がない描き方ができるのが理想だと思ってます。
紙芝居公演ってお笑い芸人さんと同じでまずツカミが大事なんですね。最初にうまく心を掴めないと下手するとずっとすべり続ける(笑)。お話もなかなか聞いてくれなくなってしまう。
ちゃんとツカミをするためには、私の場合はまず杖が第一関門だったりします。子どもたちはまず杖が気になるんですよ。そこをどう自然に受け止めてもらえるか。
だからまず自己紹介で杖をかかげて「どうもー!杖のかみはるでーす!」と強調するんですよ。
ただ私も尚玄さんがおっしゃったように「いろんな人がいて当たり前の社会」を望んでいるのでいずれ「杖のー!」とか誇張しなくても、最初からかみはるとして見てもらえたら良いなと。いつか当たり前に「杖だよね」と思われるようになってほしい。
ただ今はキャラとしてうまく活かして使ってます。ありがたいことにご指名もいただけています。
障がいのある方やマイノリティの方は、それをありのままに生きて活躍することで「世の中には様々な人がいて、生き方がある」という多様性を世の中に知ってもらい、浸透させていける可能性があると思います。それはひとつの使命であるかもしれない。
私が公言する「障がいは私の個性!」という言葉にはそういう意味も含まれています。
「義足のボクサー」も、そんなボーダレスな世界をより広めていく力がある作品だと思います。ぜひ多くの方に観てもらいたいですね。
ありがとうございます。
今作は自分の半生も投影され、コロナ禍を乗り越えて撮影が実現し、釜山国際映画祭でキム・ジソク賞という栄誉ある賞までいただくことができました。
私にとって代表作であり、ひとつの節目であり、新たなスタートと言える作品になりました。
ずっと自分のことを信じてくれた人や支えてくれた仲間にひとつ恩返しができたという思いもあります。
また今作は俳優として「リアリズム」を求める私の演技スタンスも改めて確信できました。
実はすでに次の作品では新しい境地を開拓できたと思っています。俳優としてさらに成長した姿をこれから見せられると自信を持っています。
今作にも、そして俳優としての私のこれからにもぜひご注目いただきたいです。
「義足のボクサー GENSAN PUNCH」上映&舞台挨拶情報
【上映】
5月27日(金)より沖縄先行公開
6月3日(金)よりTOHOシネマズ日比谷にて先行公開
6月10日(金)より全国公開
【舞台挨拶】
6月8日(水):シネマQ(沖縄) 18:20の回 上演後
6月10日(金):中洲太陽劇場(福岡) 12:40の回 上演後 詳細
6月11日(土):大阪ステーションシティシネマ(大阪) 11;00の回 上演後 詳細
6月11日(土):ミッドランドスクエアシネマ(名古屋) 14:00の回 上演後 詳細
6月12日(日):ヒューマントラストシネマ渋谷(渋谷) 12:15の回 上演後 詳細
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